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ホールインワンvol.1


 小春日和の日曜日の午後、私は3歳ほど年下の女性、松倉久子とランチをした。
30年ぶりの再会として選ばれた場所は、中心街から少し外れたイタリアンレストラン。
古いタマネギ倉庫を改装した趣のある小洒落た店内の一番奥のテーブルに久子は座っていた。
岩倉久子、バツイチの40代。子供なし。
久子は私を発見するなり『ゆかりちゃん、こっちこっち』とニコニコとした顔を見せながら私を手招いた。
 久子は、私の母親がやっていたソロバン塾の生徒で、小学生の頃よく一緒に遊んだ記憶がある。
久子は、私と同じ高校を卒業し、北大で働いている。
公務員として生活面は安定している一方、数年かけてたくさんの病気に犯されていた。

2週間前の久子からのメールにはこう書かれていた。

 私は、1月に糖尿病が判明しましたよ~!ははは。
肥満と遺伝に負けましたっ!(苦笑)
あと、子宮筋腫がどんどん立派になっていってるおかげで鉄欠乏性貧血起こしておりやす~。
最近、なんかしんどいな~起きれないなぁと思ったら貧血でした。
「もしかしたら…」と思ってたので納得の納豆!
鉄剤生活復活!!!(毎度のこと)
それとね、緑内障も決定ー!!
アトピーの疑いもあるんだよ~!

 私は、唖然としながら咄嗟にこう思った。
『こんな病気持ちの女の再婚相手を探すのは私には重すぎる。』
しかし、吸い込まれるように私のおせっかいの虫が動き出した。
せめて子宮筋腫とは、おさらばしてもらいたい。
私には『本当に困ったら凄腕の外科医を紹介するから相談にのるぞ!』と
言ってくれるイケメンプロデューサーも備わっている。
大事に取っておいて手遅れになったら大変だ。
 ところが手始めの話題は、離婚話からのスタートとなった。
どういう人と出会い、何年から何年まで結婚していて、その間に単身赴任があり、いつどのようになぜ別
れたか。久子は年表をたどるように語り始めたが、どれも私の頭には入ってこず、
私は出てくるコース料理を久子より早く、淡々と食べ続けていた。
 しかし、次の話あたりから私の食べるペースが確実に落ちていった。
『私ね、向こうから別れたいと切り出されたんだけどね、かなりの好条件を出されて離婚したの。』
久子の話を黙って聞いていると、二人の共有財産、貯金、全て頂けたらしい。
私にとっては、なんとも羨ましい話だ。
久子は目をクリクリさせながら、ゆっくり話を続けた。
『ゆかりちゃん、私ね、その分捕ったお金で、いま住んでるマンションを買ったの。』
分捕った?『ぶんどった、、、』というフレーズが、私の耳の中で不協和音として鳴り響いた。
久子は、この分捕ったという汚い言葉を、その後何度も爽やかに使いこなした。
『それがね、なぜか全部くれるって言うの。なんかおかしいなと思っていたらね、
 わざわざ教えてくれた人がいてね、女がいた事が分かったの〜!!
 でもね、母親に相談したらね、言ったら絶対こじれるから、全てが終わるまで、 絶対言うんでないよ。
我慢しなさいよ。もし、言うなら全部もらってから言いなさいよ。ってアドバイスされてね、ゆかりちゃ
ん、私、腸煮えくりながら、ぐっと最後まで我慢したの。でね、すべて、もらってから、最後に証拠を突
き出して、謝らせたの~。』

話し方が、どんなにゆっくりでも、どんなにかわいくても、私は女というものが恐ろしい生物であること
を改めて知った。
と、同時に、自分の貧乏くじ人生と比べ、私はあまりにも悲しくなっていた。
1円の貯金もなく、小さなアパートから再スタートした私とは、人間と魚類の差を感じた。
 そして今、私は後輩に上手な人生の送り方というものを教えられてしまっている。
しかし、私だって、面白いネタの三つや四つくらいはある。
そろそろ私も、一つくらいは出さなければならない。
そう思いつつ、私はそのベクトルを他人に向け、長年の自分の親友に起きた話を披露した。
『ついこの間、私の友達が、財産でもめにもめて、やっと調停離婚したんだけど、その旦那は、20年以上
も別の女性がいて、昔っから金曜日の夜になると、3日間、ゴルフと言って出て行き、日曜の夜中まで帰
って来なかったの。』

久子は、ナイフとフォークで白身魚のポワレを食しながら、さらっとこう言った。
『あら、その旦那さん、違うゴルフを振り回してたってことね?』
私は、ん?と固まってしまった。意味が分からなかった。
『なんか、肌が合うとか、合わないとかってあるんだろうね~。その旦那、土日はその女のところで、
 ホールインワン決めてたってわけだ!』
私は、さらに、ん~?となったまま、返す言葉なく固まってしまった。

(なんか、この子、すごいことを言っているかも。そういうことをホールインワンと表現するのは、
 男の世界ではよく使われるのか?そうだとして、女が言うことはあるものなのか?)

 ゴルフのあと、スケベな中年男が『このあと、社長は19番ホールかい?』なんて言っている会話の意味を最近になってようやく知った私には、なんとなくは理解できるような、いや使い方が正しいとは限らない。いずれにしても下品であることだけは間違いない。
 この時点で、私の頭からは、もう久子という名前は消え去っていた。
いま、目の前では、ナイフとフォークを置いた女が映っている。
テーブルにある紙ナプキンを、器用に一枚だけをさっと手にとったシーンがある。
口を拭くかと思いきや、両手でくしゃくしゃっともんだ光景がある。
そして、鼻をかんだ結果がある。

なんかすごい女とのランチになってしまった。
幸いなことにこの女、私には質問をしてこない。次々と自分の暴露ネタを出してくる。
そして私は、次のフレーズで吹き出し、そのあと、あまりにもの衝撃に、『うわー』!
と叫んでしまった。

『あのね、ゆかりちゃん、聞いて。その相手の女の顔が、なんとね、ねずみ小僧みたいな顔なの~。』と
久子は顔を歪めて言った。
最初に説明したとおり、私は吹き出した…。

女は、離婚した男が自分より美人と再婚されるのは嫌なものだが、はたまたその反対の場合も
ヒジョーに複雑なものがある。

『で、久子ちゃんは、それを、どう思ってるの?』
そこには、久子の回答に大きな期待を抱いて質問している自分がいた。

『それがさ、自虐ネタなんだけどねっ?』

(うんうん、それで?)

『うちの元旦那さん、美人に飽きたんだわっ!って、みんなに言ってまくってるの。』

私は糖尿で15キロも太ったと言う久子を前にして、思わず立ち上がってしまうような衝動を抑えた反動
か、思わず叫んでしまった!
『うわー!!』

そんな手があったのか。
衝撃だった。
頭の中でこの離婚後の数年の思いがぐるぐるした。
私も、使えばよかったか、、、、、

『美人に飽きたのよ』

私の中である音が鳴った。
チーン。

『ゆかりちゃん、私ね、8月8日のぞろ目を選んで、離婚届を出しに行ったの。そしたらカップルばっか
り。だってね大安だったの~。唯一、歳とったおじいさんが一人で来てたんだけど、その人は間違いなく、
死亡届けだったわ。』
久子は一人漫才を続けていた。

途中で私は『末広がりでいいじゃない?』と微笑んだ。

『うん、そうなの。8月8日は人気あるみたい。職場でね、同じ日に入籍届出しに行った!って幸せそう
に言ってる人がいたからね、即座にこう言ってやったの。』
と、久子は声を低めた。

『あ~ら、私はその日に離婚したから、油断しないようにねー。』

お局というのは、こういうふうに出来ていくものなのか。
こんなのが会社にいたら怖いわ…と私は真剣に思った。
なんと返していいのやら、私はこう言ってみた。
『ところで久子ちゃんさー、そんなに面白いこと沢山あるんだから、エッセイでも書いてみたら?』

久子は『無理、無理~』と言いながら、『題名は、お金。しかも、汚れたお金の汚金にしたらいいよね!』
と、と言いながら、次に背筋を伸ばしたかと思うと、さきほどの鼻をかんでまるめられた紙ナプキンを手
の平の中に握り、一人演説し始めた。
『人生はお金、お金が大事です。お金が無かったら何も買えません。美味しいものも食べられません。パ
ンツを買うのもお金です。パンツを買えなかったら、ティッシュを挟みます。でも、そのテイッシュも結
局、お金がなければ買えません。皆さん、分捕ったお金もお金はお金です。汚金も大事なお金です。ダメ
ダメ、私、まとめる力ないの。ゆかりちゃん、書いて~お願い。印税、半分もらえればいいから。』

 印税…
 半分…
 とるんだ…


岩倉久子。
趣味、競馬。競馬場巡り。
昨年、福島競馬場を最後に、全国10箇所全て制覇。
昨年12月に別れた彼氏は、競馬場で知り合い、競馬場でデートを重ねるという遠距離恋愛を四年続け、
クリスマス近くになり『最近私の優先順位が落ちてない?』と甘えてメールをしたところ
逆切れされてしまい破滅。
数年前に、ハマっていたパチンコは卒業。
紙ナプキンで鼻を噛む癖あり。
来月は、新しい競馬友達(男)と、香港の競馬場まで行くらしい。
この病弱の久子にハメられる次の男は誰なのだろう。
しばらく放置して傍観するとしよう。

いや、あのランチの後から、仕事の合間を縫っては、書かされてしまった私こそが完全にハメられたのかもしれない。

まさに、ホールインワン!
お見事。

追記
 
自分は不幸なのかもしれない。
不幸なのかどうかも分からないで生きてるのかもしれない。
でも、もしかしたら、とても幸せなのかもしれない。
幸せなのかどうかも分からないで生きてるのかもしれない。
まずは幸せだと感じることが大切。
幸せだと感じられる能力をもつことが重要。
その能力をもった人の微笑みには、誰も勝つことはできないのだから。

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